「お母さんなんだから」
「家庭があるんだから」
「ママは大変だよね、でも頑張ってて偉いね」
…その圧力に、私はどれだけ潰されてきただろう。
その「正しさ」がずっと、私を息苦しくしていたんだ。
「迷惑をかけてはいけない」
「できないなんて言ってはダメ」
「ママなんだから当たり前」
世間の声ばかりに耳を向けて、そう思い込んでいた。
けれど、あさぎさんの言葉で気づいた。
「正しく生きる」ことと、「心地よく生きる」ことは、まったく別物だった。
私は、正しさを選び続けて、自分を殺していた。
母親になってから、「私」が消えていった
やりたいこと、行きたい場所、言いたいこと。
すべて「今は無理」「いつかできたら」と後回しになっていった。
気づけば、「役割」として生きるようになっていた。
家庭を回すためのママ
迷惑をかけないための社会人
空気を読んで嫌われないための人
「私」は、どこへ行ったんだろう?
朝、洗面所で鏡を見るたびに、そう思っていた。
常識に合わせるのが、もう無理だと思った。
子どもが熱を出した日、職場に連絡するときの罪悪感。
保育園の送迎と仕事の板挟み。
同僚やママ友との関係で、「ちゃんとしてる大人」に見せなきゃいけない圧力。
これ、全部、私がやりたいこと?
全部、誰かの期待に応えようとしているだけだった。
「母親だから我慢」って、誰が決めたの?
誰もはっきりとは言わない。
でも、社会の空気はずっとそうだった。
「頑張ってるママ」が正解。
「自分を犠牲にするママ」が立派。
「自分を楽しんでるママ」は、なぜか批判されがち。
いつから、こんな空気になったんだろう?
そして、いつまで私はこれに従い続けるんだろう?
周りを見れば、我慢してる人だらけだった
同じような境遇のママたちと話すと、みんな同じだった。
パートナーに言いたいことが言えない人。
子どもにイライラして、自己嫌悪に陥る人。
働き方を変えたいけど「今さら無理」と諦めている人。
みんな、「自分を諦める」ことに慣れてしまっているだけだった。
私も、ずっとそうだった。
「どうせ私には無理」
「わがままを言ってはいけない」
「変わりたいけど、何から始めればいいか分からない」
そう思い込んで、自分に蓋をしていた。
変われなかった本当の理由は、自分のせいじゃない。
だけど、私はずっと「被害者モード」だった。
社会が悪い。
夫が分かってくれない。
育児が大変。
お金が足りない。
でも実は、「自分で選ばない」ことを選び続けていただけ。
誰かのせいにして諦めていた方が、変わらずに済むから。
責任を取らなくて済むから。
楽だったから。
だけど、私は今、こう決めている
✓ 自分が自分のことを認める
✓ 「ちゃんと」より「心地よさ」を選ぶ
✓ 自分の感覚を信じる
完璧じゃなくていい。
正しくなくていい。
ただ、自分に正直でいる。
それだけで、世界は変わり始めた。

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